昆虫学者になるため、バッタ被害が深刻なモーリタニアへと単身旅立つバッタ博士の研究(旅行)記録だ。
表紙のインパクト、そしてアフリカにもいつか行こうと思っている僕は、舞台となるモーリタニアという国に興味を覚え、Amazonで購入して読んでみることにした。バッタのコスプレをした表紙もあって、前野ウルド浩太郎という名前は当初ふざけているのかと思ったが、ウルドとは子孫の意味で、モーリタニアでは尊敬されているミドルネームらしい。
偶然にも僕と同い年の著者は、大学院博士課程を卒業後、ポスドクとして任期付きの職に就くが、将来に不安を感じて、大好きなバッタの研究をするため、そして就職活動を兼ねてバッタ被害が深刻なモーリタニアへと旅立つ。
モーリタニアはアフリカ北西部に位置し、砂漠に囲まれたイスラム国家だ。
実験室の研究ばかりでフィールドワークの経験がない著者は、現地で悪戦苦闘しながらバッタの研究を続けていく。研究者の著書ということで、専門的な内容が多いかと言えばそんなことはなく、どちらかと言えば旅行記に近い感じで、前提知識がなくともスイスイと読み進めていくことが出来る。
砂漠での研究活動、お酒は禁止されヤギを丸ごと食べる現地の食生活、賄賂・お金を要求する人々・・・など、現地での刺激的な生活が著者のウィットに富んだ読みやすい文章でカラー写真も交えて書かれており、バッタに興味がない僕でも物語に引き込まれて次々と読み進めてしまう。
この本は大阪からタイへの移動中に読んだのであるが、400ページ近くとなかなかのボリュームがあり、そしてほとんど寝ていない状態にもかかわらず、面白さに惹かれて現地のホテルにチェックインするまでに全て読み終えることが出来た。退屈を紛らわし、そして旅行気分を盛り上げてくれた一冊だ。
それにしても、この著者を含め、脳科学者や数学者など、成功している研究者が書く文章というのはとても洗練されていると感じる。理系らしく理路整然としていて読みやすい。普段研究しているときの論理的・分析的な思考と、大量の論文を書くことによって磨かれた文章力の賜物であろうか。
この本のハイライトは、著者が経済的困窮、そして将来への不安に耐え忍んだ末に、「神の罰」と称される空が黒くなるほどのバッタの大群にようやく出会う場面だ。著者は、幼い頃からのバッタに食べられるという夢を叶えるため、緑色の全身タイツに着替え、「さぁ、むさぼり喰うがよい」とバッタの大群の前に躍り出る。
モーリタニアでの長期に渡る生活は、日本からは想像出来ないほど過酷なものだろう。しかし、著者は持ち前の明るさ、そして何よりもバッタの研究を続けたいという思いで困難を乗り越えていく。
この著者の好きなことを諦めずに挑戦し続けていく姿勢は見習いたいものである。好きなことを続けるという信念とその信念に基づく努力があるからこそ、バッタ昆虫学者というニッチな職業にもかかわらず、着実に成功へと近づいていくことが出来るのだろう。
バッタに興味がない人(興味がある人は少ないと思うが)でも、本書を楽しめることは間違いなしだ。有名大学の博士課程を卒業しても就職先の少ない日本の現状を憂うと共に、非日常的なアフリカでの生活を存分に味わって欲しい。