男木島(おぎじま)は瀬戸内海に浮かぶ人口150人程度の小さな島だ。
香川県の高松市に滞在中、日帰り観光でこの男木島を訪れた。
高松港からフェリーに乗り込み、女木島(めぎじま)を経由して40分程度で男木島に到着。
男木港でフェリーから降りると、港付近にある近代的ないくつかの建物とは対照的に、山の斜面に木造住宅が建ち並ぶ趣のある風景が広がっている。
男木島は周囲約5kmなので、徒歩で十分に巡れる大きさである。
何の下調べもせずに来たのだが、外周道路の終端に灯台があるようなので、ひとまず灯台を目指すことにした。
島の北に伸びる外周道路は舗装こそされてはいるものの、沖縄の小さな離島にも負けない原始的な風景に囲まれている。
外周道路を歩き出して間もなく、畑を荒らしている3匹の小さい猪と遭遇し、こっそりとおやつを食べているのがバレた子どものように凄い勢いで走って逃げていった。
こんな小さな島にも農作物を荒らす猪がいるのかと驚いたが、どうやら海を泳いで島にたどり着くらしい。
この日は小雨がぱらつく平日で観光客も少ないのか、人っ子一人いない外周道路を歩いていると、周囲の林の中でガサガサと音がするので怖い。
どうも、動物との距離が近すぎるようである。
灯台を目指して外周道路を歩いていたところ、突然便意を催してきた。
外出中には大は我慢できる方なのだが、どうにもお腹が痛くなってきて我慢できそうにない(食事中の方には申し訳ない)。
昨日、大盛りの讃岐うどんに温泉たまごを入れて食べたのがまずかったのか、それとも夜にバーでギネスを何杯か飲んだのがまずかったのか。
「ホテルでトイレに行っておけば良かった」そんな後悔を抱えつつ、灯台に行けばトイレくらいはあるだろうという一縷の望みを抱いて歩を進めた。
かの中村天風は、宇宙(潜在意識)と繋がるために肛門を締めることの重要性を説いていたが、肛門を締めて歩いていると気が遠くなってきて別の宇宙に繋がりそうな気がしてきた。
息も絶え絶えに灯台にたどり着くと、天の助けなのかトイレがあるのが目に入ったが、驚くことに和式トイレだった。
和式トイレなんて、最後に見たのは1990年代に学校に通っていた頃かもしれない。
一瞬躊躇したが、背に腹はかえられないと思い、ズボンを下ろした状態でなんとかしゃがみ込み(この体勢は本当に辛い)、無事に事を成し遂げることができた。
しかし、後から気が付いたのだが、座る向きが反対だったようだ。
それにしても、いくら小さな離島とはいえ、都会の高松市街地にほど近いこの男木島において未だに和式トイレが公衆トイレのメインであることに衝撃を受けた。
すっきりしたところで、来た道を戻り(外周道路は灯台で行き止まりになっていて一周していない)、集落でランチを取ることにした。
どうやら、男木島は灯台と水仙(後は猫)が有名らしく、山道を進むと水仙郷もあるようだ。
集落の中心部には、豊玉姫神社という神社がある。
神社に参拝した後、ランチを取ろうと食堂を探すが、平日で観光客も少なくやる気がないのか営業しているお店が見当たらない。
集落を散策し、唯一営業していたNICOという男木島にしてはモダンな雰囲気のカフェを見つけたのでここでランチをいただくことにした。
このカフェでは、島の漁師が取った魚の料理を提供しているらしい。
メバルの唐揚げの定食と缶ビールを注文したが、オマケで採れたてのナマコも付けてくれた。
値段は1,500円と観光地値段のような気もするが、メバルはなかなかに美味しく、ポン酢につけて骨をバリバリしながらいただく。
味噌汁にも魚の身が入っており、勢いよく食べていると舌に骨が刺さった。
ボリュームたっぷりのランチに満足した後、今度は灯台とは反対側の島の東に向かって伸びる外周道路を歩くことにした。
東側の外周道路は海沿いに伸びており、砂浜があり海の透明度も高くなかなか綺麗である。
瀬戸内海の他の島と同じように男木島にもアート作品が点在しているが、島の東の海岸沿いには「歩く方舟」という男木島を代表する作品が展示されている。
海を眺めていたところ雨が降ってきて身体が冷えてきたので、港に戻りフェリーの出発時刻の午後3時まで待合室の中で過ごすことにした。
男木島での滞在時間は4時間程度だったが、十分に見て回ることができたし、なんだか神隠しにでもあいそうな島の不思議な雰囲気を堪能することができた。
晴れた日にはきっと、水仙や海がひときわ綺麗な島なのだろう。
外国からの観光客もこれから増えそうだし、何年後かには和式トイレもなくなっているのかもしれない。
またいつか来ることを誓って、小さな島には不釣り合いの大きなフェリーに乗り込み男木島を後にした。