約2年ぶりに大神島(おおがみじま)を訪れた。
大神島は宮古島の北東に浮かぶ人口も面積も小さな小さな島で、地元の人たちの間では「神の島」と呼ばれて恐れられているとかいないとか。
この日は基本的には青空が広がるものの時折雨のぱらつく不思議な空模様で、港までタクシーで行こうか迷ったものの、結局、西里大通りにある老舗の「富浜モータース」で50ccの原付バイクを借りることにした。
大神島行きのフェリーが発着する島尻港までは、平良市街地からだと車で30分程度である。
タクシーで行けば片道2,000円程度だが、「富浜モータース」の原付バイクレンタルは1日2,000円なのでこちらの方がお得である。
原付バイクに乗るのは久しぶりだが、身体と一体化して小回りが効く感じが心地良く、1人での宮古島観光だと原付バイクで十分だと感じる。
島尻港のフェリー乗り場で往復切符(670円)を購入。
冬季は1日に4便出ており、11時30分に宮古島を出て16時10分に大神島を出る最終便で帰ってこようと思ったのだが、この日は最終便が出るか分からないとのことで、やむなく13時30分に大神島を出る便で帰ってくることになった。
大神島まではフェリーで15分程度とすぐだが、この日は波も高く場所によってはジェットコースターのようにフェリーが揺れる。
若干ふらつく足取りで大神島の港に降り立つと、相も変わらず港にいる島唯一の犬・ゆりちゃんの姿を見つけて安心する。
少子高齢化が進む一方である大神島の20人程度の住人と同様、ゆりちゃんも身体が小さくなりかなり年を取ったようである。
ひょっとすると認知症も進行しているのか、昔よく遊んだ僕のことなど微塵も覚えていないようであった。
次の便で帰るとなると大神島での滞在時間は1時間45分程度しかないのだが、小さな島を見て回るだけであれば十分な時間である。
大神島で必ず訪れたいのは、港に着いてから左側にある周回道路(長い方の道路)、そして集落を抜けた島の中心部分にある遠見台(とおみだい)である。
その後に時間が余れば、その他の場所を散策するなり食堂でランチを取りながらのんびりと過ごすなりすれば、大神島は十分に楽しめる。
まずは島の左側の周回道路(と言っても一周できるわけではない)を歩く。
どうやら島に歓迎されているのか、不思議と大神島を訪れる時はいつも晴れているような気がする。
大神島と池間島の間に広がる海は白や青が幾重にも重なり、目を見張るほどの美しさで宮古島の海にすっかり慣れた僕でも感動せずにはいられない。
大神島の周回道路は視点が低くて、道路を歩いているとまるで壮大な海の上を歩いているかのような錯覚に陥る。
珊瑚の白化や開発工事の影響もあってか、宮古島の海、とりわけ市街地近くで見る海は以前と比べると色褪せたように感じるのだが、自然が残る大神島の海はいつ来ても変わらない。
やっぱり宮古島では晴れた日には遠出をして、存分に宮古ブルーを堪能すべきである。
周回道路の終点まで来たところで、港まで来た道を引き返し、集落を抜けて遠見台を目指すことにした。
遠見台の階段の入口は集落を抜けた島の中心部にあり、一番上の展望台までは結構な数の階段を登らなければならない。
遠見台からは360度見渡すことができ、大神島の集落全景と対岸の宮古島、池間島とその間の見事なサンゴ礁が広がる海、そして反対側には日本最大級の海峡として知られる宮古海峡の大海原を望むことができる。
無料の展望台にもかかわらず、遠見台から見る景色は宮古島の名勝として知られる東平安名崎の灯台から見る景色にも引けを取らない。
遠見台を降りて、まだまだフェリーの出発時刻までは時間があったので、島唯一の食堂(売店と民宿も兼ねている)である「おぷゆう食堂」でランチをいただくことにした。
僕はここのテラス席で潮風に当たりながらのんびりと時を忘れて過ごすのが好きなのだが、この日はフェリーまでの時間が少ないのがやや残念でもある。
こうして時が止まったかのような大神島で過ごしていると、「タイパ(タイムパフォーマンス)」などと言って効率を過度に重視した生き方がいかにも無意味なものに思えてくる。
文明の機器に頼らない原始的な生活に代表されるように、一見非効率に思えることが実は幸せに繋がっているなんてことはよくあることだと思う。
食後に港周辺を散策していると、間もなくフェリーの出発時刻が近づいてきた。
今回はやや慌ただしい滞在だったが、青空の下で美しい大神島の自然にすっかりと癒され、ゆりちゃんの生存確認もできたので満足だ。
来年もまた大神島を訪れることを決意して、フェリーに乗り込んで島を後にした。