【涅槃寂静】司法書士やめて旅作家になる!37歳独身男性の決意

悟り

2017年の司法書士試験が終わってから、早くも半年近くが経とうとしています。12月に入って気温が低下していくと同時に、合格の喜びもだんだんと薄れ、今ではホッとした気分があるのはもちろんですが、それと同時に一抹の寂しさのようなものを覚えます。

受験生時代から何となく考えていたことなのですが、私は(少なくとも当分の間は)司法書士にならないことに決めました。

社会人になってからの私の夢は、「世界を飛び回る国際派ビジネスマンになる」という、どこか曖昧なものでしたが、それ以前に、学生時代から本の虫だった私は、「いつか作家になりたい」「ハワイかどこかの南の島で、文章を書きながらのんびりと過ごしたい」という夢を心のどこかにずっと抱いていました。

作家になるというのはどこか遠い夢のように思えていたので、これまで具体的な行動を起こしたことはなかったのですが、受験生時代に旅を繰り返しながら翻訳の仕事をしたりブログを書いたりしている内に、「旅をしながら文章を書いて暮らす」というのは、それほど非現実的ではないことと思うようになりました。言霊なのか、あるいは潜在意識というのか、心の声に従って生きていると、いつの間にか夢に近づいていたように思います。

私のその夢を実現するためには、(少なくとも現在は)国内でしかできない司法書士の仕事というのは妨げになりそうなのです。私の本業は翻訳会社の経営で、ほとんど全ての業務をオンライン化していますので、翻訳の仕事は旅をしながらでも可能なのですが、司法書士の仕事はどうもできそうもありません。つい最近メジャーリーグへの挑戦を決めた大谷選手の二刀流ほどではありませんが、私にとって、この三足のわらじを履くということはなかなか難しそうです。

「じゃあ何で司法書士の勉強なんか始めたの?」と疑問に思われるかも知れませんが、私が法律の勉強を始めた動機は、仕事に法律の知識が役立つということもありますが、ただ単に、法律に興味があって学びたかったからです。一言で言ってしまえば趣味です。

しかし、司法書士試験の学習を始めてからはすっかり勉強にのめり込んでしまい、一発合格を目指していたこともあって、それこそ仕事以外の時間はほぼ全て法律の勉強につぎ込みました。

ところが、予備校の最終模試で最高のA判定を貰い、意気揚々と挑んだ初めての本試験では全く歯が立たず、試験後は、うだるような夏の暑さの中、完全に放心状態になっていました。いくら頑張ったところで兼業受験生の勉強時間などたかが知れているものです。

その後、空っぽになった心に追い打ちを掛けるように、プライベートでは不幸な出来事に立て続けに襲われました(信用している人に騙されたり、病気になったり、突然身内が亡くなったり・・・)。悪いことというのは続くものです。今から思うと、勉強にのめり込み過ぎていた余りに、それ以外のことが疎かになっていたせいもあるのだと思います。

私が勉強に対するやる気だけでなく、人生の目的も見失い、旅人になったのもその頃でした。1回目の本試験(2014年)が終わった後の9月に、気分転換に友人がいるタイに訪れたのが始まりだったのですが、疲れた心を癒すのは簡単ではなく、タイから帰国したすぐ後の11月には思い出の地でもある宮古島を訪れました。

その後、2年目からは独学で勉強を再開したのですが、モチベーションの低下のためかなかなかはかどりませんでした。脳を酷使すればするほどフラッシュバックが起こって嫌な思い出も蘇り、勉強に集中できないことも多く、イライラは募るばかりでした。「走れば嫌な事は全て忘れられるのではないか」と、少しでもイライラを解消するためにランニングを始めたのもこの頃です。

旅に出ようがランニングをしようが完全に気分が晴れることはありませんでしたが、元来の負けず嫌いな性格も手伝って、2年目からは大幅にペースダウンしながらも、歯を食いしばって勉強を続けました。2~3ヶ月は地元で仕事と勉強に励み、気が滅入ってくると、1ヶ月ほど旅に出る・・・試験に合格するまではその繰り返しでした。

日々勉強に集中していると本当に時の流れは速いもので、気が付けば次々と友人たちが結婚していきました(見事に3年で3組が結婚、そして3人の子どもが生まれました)。そんな幸せそうな友人たち(あくまでも私見ですが)をよそ目に一人勉強に打ち込んでいた私は、「自分の人生これで良いのかなぁ」なんて思ったりしたものです。

司法書士試験の勉強には莫大な時間とエネルギーが必要ですので、それと引き換えに必ず失うものが出てくるかと思います。それは仕事や人間関係、あるいは若さかも知れません。また、この試験は一種の拷問のようなもの(勉強好きの私でもそう思うのですから、相当なレベルです)で、下手をすると人格が歪んでしまう恐れさえあります。他のものを捨てる覚悟がないと、なかなか受からない試験です。

私は司法書士試験の勉強を始めた当初は、趣味で勉強しているとは言え、せっかくなので合格後は翻訳会社を続けながら司法書士の仕事もしようかと考えていたのですが、それなりに手応えがあった3回目(2016年)の本試験が終わった後、手持ち無沙汰になったため旅をしながら何気なく始めたブログにすっかりと興味を奪われてしまい、4回目の受験で合格する頃には、司法書士になる気はほとんど失せていました。執着がなくなった頃にあっさりと合格するとは、何とも皮肉な話です。

これからも私は、世界中旅をしながら文章を書くという生活を送ることになるでしょう。そしてまた、別の興味を引く何かが見つかったら(それが法律であれ何であれ)、その時々でその何かに全力で取り組んで行くのだと思います。きっと、そういう生き方しかできないのでしょう。

司法書士試験の勉強を始めた当時は32歳だったのですが、気が付けばもう37歳になりました。すっかり結婚適齢期も過ぎてしまいましたが、司法書士試験に挑戦した事は全く後悔していません。むしろ、妥協せず徹底的に勉強に取り組んできたからこそ、自分の進むべき道が見えてきたように思います。「四十にして惑わず」という孔子の言葉があるように、私も40歳が近づくにつれて、人生に対する迷いもなくなってきたようです。

そして、司法書士試験の勉強をしていたときの気持ちを忘れなければ、何でも成し遂げられる気さえします。皆さんも「時間は有限である」ということを心に留め、日々、勉強に励んでください。