『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』村上春樹:レビュー

旅先で何もかもがうまく行ったら、それは旅行じゃない。

引用:『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』P132

ご存じ、村上春樹の紀行文集(旅行記)である。旅行好きの僕としては以前から気になっていた本なのだが、まだラオスに訪れたことがないのもあって、これまでなかなか読めずにいた。

村上春樹は今や日本を代表する作家で、書店に行けば彼の新作が山積みされていたりするが、実は、僕は村上春樹の本はこれまでほとんど日本語で読んだことがなかった。彼の本は何故か英語の方が読みやすく、読むのはもっぱら翻訳版ばかりであった。特にハーバード大学の名誉教授であるJay Rubinによる英訳がお気に入りである(Philip Gabrielの英訳も捨てがたいけれども)。

そんなわけで、僕にとってはどちらかと言えば「村上春樹」と言うよりも「Haruki Murakami」で、未だにどことなく「日本が好きな外国人の作家さん」というイメージがある。

昔、学生時代に小説を読み漁っていた頃、日本語で書かれた(要は原文)彼の小説を書店で数ページ読んでみたのだが、僕がまだ若かったせいか、どうにも文体が受け付けられず、それ以来十数年彼の小説を読むことはなかった。

ところが、30歳近くになって英語の勉強も兼ねて何気なく図書館で借りた彼の本の英訳版を読んでみたところ、とても面白くて片っ端から読んでしまい、今では村上春樹の日本語の本もたびたび手にするようになった(もっとも、それでも日本語で読むのはノンフィクションばかりだけれども)。本書『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』でもよくカタカナが出てくるし、どうやら彼の文体は英語にあっているようだ。海外で人気があるのも頷ける。

前置きが長くなってしまったが、本書『ラオスにいったい何があるというんですか? 紀行文集』は、ラオスだけでなく、アメリカ、アイスランド、ギリシャ、フィンランド、イタリア、熊本について書かれた旅行記だ。タイトルは思いっきりアジアなのだが、実際に中身を読んでみると、「この人は欧米が好きなんだなぁ」という印象を受ける。本書に書かれた旅行先の中で特に印象に残ったのは、アイスランドとギリシャの島々である。

アイスランドは僕が今ヨーロッパで一番気になっている国だ。本書ではアイスランドの食事や文化、風景について彼独特の文体でまざまざと描かれており、読んでいると今までよりもその国が身近に感じられ、ついつい訪れたくなってしまう。僕の旅ブログもこんな役目を果たしてくれるようになるといいんだけど。

アイスランドの物価の高さについても言及されているが、こんな大作家でも旅先で節約したり、安宿に泊まったりするのだろうかと、読んでいてふと疑問に思った。まぁ、今ほど有名になる前の若い頃だからなのかも知れない。

アイスランド人はよく本を読むらしい。アイスランドの人口は30万ちょいと、僕の地元の高槻市よりも少ないくらいなのだが、そんな小さな国でも村上春樹の本は現地語(アイスランド語)に翻訳されているというから驚きだ。

離島好きとしてはギリシャの島々(ミコノス島、スペッツェス島)も見逃せない。村上春樹はこれらの島々に合わせて3ヶ月ほど住んでいたそうで、ミコノス島で彼の代表作品である『ノルウェイの森』を書き始めたらしい。日常の雑音から離れて離島で生活していると、仕事に集中できてアイデアも浮かぶというのは僕もこれまでに何度か経験してきた。昔の文豪であれば人里離れた温泉旅館というイメージであるが、交通網やインターネットが発達した現代では、村上春樹のように海外で仕事をする作家というのはスタンダードになってくるのかも知れない。

都会での日常生活から離れて、静かな場所で美しい自然を眺めながら文章を書き、ランニングをして、現地の人々との交流や現地の食事を楽しむ。もちろん、慣れ親しんだところから離れて生活しているとそれなりに苦労もあるだろうが、それにしても羨ましい限りの生活である。

他にはボストンマラソンやニューヨークのジャズクラブ、ラオスの寺院、イタリアのワインなど・・・。旅先には写真家や奥さんなどが同行しているようで、何というか、「旅」と言うよりもいかにも「旅行」という感じで、それほど大きなトラブルがあるというわけでもなく(少なくとも本書を読んだ限りでは)、「スリル満点の一人旅」のようなものを求めている方には物足りなく感じるかも知れない。しかし、それぞれの土地の魅力を村上春樹の目を通して知ることができ、また、フィクションの小説では味わうことができない村上春樹の素顔を垣間見ることができる。

旅行好き、村上春樹好きの方にはおすすめの一冊です!